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米国の小中高での電子教科書の利用(3)

「ブックシェアとは?」

さて,前回前々回と,障害のある児童生徒の電子教科書利用について,シアトル公立学区やスノホミッシュ学区ではブックシェアが利用されていることを紹介しました。今回は,このブックシェアについて具体的な説明をしたいと思います。

端的に言えば,ブックシェアとは,印刷された文書を読むことに困難のある障害者(People with Print Disability)のためのネット上の電子図書館です。ベネテック(Benetech)という米国はカリフォルニア州パロアルトに本拠地を置くNPO法人が,そのプロジェクトのひとつとして行っています。

Benetech
http://www.benetech.org/

Bookshere
http://www.bookshare.org/

ブックシェアは,最新の書籍を含む様々なタイトルの書籍を,障害のある人が読書するのに便利なデータ形式(テキスト形式のDAISYおよびBRF。説明は後述します)で登録し,著作者から使用許諾を得て提供しています。また,その活動の一部として,米国内のK-12向けの教科書を,障害のある児童生徒へ配布しています。

「ブックシェアからのデジタル教科書の配布の概要」

米国内の障害のある児童生徒へ,ブックシェアを利用して「米国の教科書」を届けるやり方には,以下の2つのパターンがあります。

  1. 米国内の学校機関がブックシェアに利用登録し, 学区のIEP会議により,読みの支援と配慮が必要とされた学内の児童生徒に,ブックシェアから入手した教科書ファイルを提供する
  2. 米国内の障害のある児童生徒(と親)が,ブックシェアに独自に利用登録をする

追記(2011/01/27):ここで「米国の教科書」と括弧付きで書いたのは,教科書のデジタルデータの配布には2種類があるためです。後述する「ブックシェア内の『教科書』は利用できる人が限られているの?」をご覧ください。米国の教科書のデータのうち,NIMAS-sourcedのデータに関しては,IDEA法による利用制限があり,米国内のK-12のIEPのある児童生徒のみが適用範囲となっています。

シアトルとスノホミッシュの教育現場を見た限りでは,基本的には上記(1)の,特別支援に関わる教師や専門家が生徒に教科書ファイルを提供するパターンが主です。(2)の,親や障害児が自分でブックシェアに利用登録するようになるまでには,よくあるパターンとして,以下のような流れがあります。

  • IEPのある障害児が,学校でSpecial Educationに関わる教師やスタッフからデジタル教科書データを渡される。また同時に読み上げ機能のある支援技術ソフトウェアが提供され,その使い方のレクチャーを受ける。
  • そのうちに,生徒が自分でも教科書以外の本を探して読んでみたくなる。
  • 生徒と親は,学校の特別支援のスタッフ等に障害認定書を書いてもらい,ブックシェアにログインして利用できるようにIDを取得する 。

参考まで,私がこちらで出会うことができた,ある筋ジストロフィーのある高校生の例を紹介します。彼は,通常のクラスに参加していて,教科書は皆と同じ,紙の教科書を使っていました。障害により腕の可動範囲が小さいので,ページをめくるのが大変なのですが,IEPにより,学校にいる間は常に1名のパーソナル・アテンダント(介助者)がついているので,ページめくりなどはその介助者がやってくれています。つまり,その高校生はデジタル教科書は使用していませんでした。しかし,私がブックシェアの紹介をし,学生であれば無料で使えることを話すと,彼はぜひ自分でも書籍を探して読んでみたいと,自分で学校のセラピストに問い合わせて証明書を書いてもらい,ブックシェアに申請書を送っていました。ブックシェア自体の認知度も,AT Specialistであればまず知っていると思いますが,それ以外の教師や親,本人にとっては,人により学区により,ばらつきがあるように思います。

「ブックシェアを利用する権利のある障害とはどんなもの?」

ブックシェアには,基本的に,印刷物を読むことに困難があると専門家によって認められた障害者だけが,登録することができます。この認定のルールについて,少し詳しく説明します(詳細は,以下のページにまとめられています)。

Qualifications
http://www.bookshare.org/_/membership/qualifications

まず,専門家による「障害があることの証明書」をブックシェアに提出する必要があります。この証明書(=障害認定)を書くことができる専門家の例として,上記のページと申込書の両方(私の方で両者をまとめました)には以下のような例が挙げられています。

全盲や弱視,その他視覚障害
→ かかりつけの医師,眼科医,オプトメトリスト,視覚障害教諭(Teachers of the Visually Impaired 視覚障害者に指導する専門性があることの証明を持つ教諭)
→米国議会図書館盲人・身体障害者全国図書館サービス(National Library Service for the Blind and Physically Handicapped)または類似の公的団体からの認定

本を把持したりページをめくったりすることが困難な肢体不自由
→ かかりつけの医師,その他の医療専門家,理学療法士,リソース・スペシャリスト(resource specialist,通常クラスに通うIEPのある生徒のサポートを行うスタッフ,いわゆる日本でいう取り出し指導的なサポートを行う),特殊教育教諭(Special Education teacher)

LD,読み障害,視覚認知に関わる障害(Perceptual disability)
→ 神経科医,精神科医,LDスペシャリスト(=この種の証明を持つ教師など。日本でいえば,日本LD学会のS.E.N.S.資格を持つ教師といったところでしょうか),特殊教育教諭,学校心理士,学習障害に関する専門性を持つ臨床心理士
※十分に重度な場合で,器質的な基盤を持つ障害のみ,認定されます。

障害全般
→ 本人の状況をよく知るソーシャルワーカー,障害認定に関わる政府または州政府機関

障害のある大学生の場合
→ 大学の障害学生支援室のスタッフ

自閉症,情緒障害,ADHD,英語を第二外国語として使用する児童生徒
→ 視覚的・身体的な障害がある,または身体的な基盤を持つ読み障害がない限り,認定されません。

上記について重要なことは,この電子書籍の入手についての認定は,教育法に基づくものではなく,著作権法(米国著作権法 Chapter 1,Section 121のChafee Amendment)に基づいている点です。ブックシェアの障害者のためのデジタル図書館業務は,この法律に基づいて認められています。学習を促進させるために書籍のデータをネット経由で入手して使って良い,ということではなく,障害があることが認定された人の場合のみ,例外的に使用が認められている,ということですね。

とはいえ,Print Disabilityのことをよく理解しており,障害についての専門性があれば,上記のように医師だけではなく,かなり様々な立場の人が障害認定を書くことができるようになっています。従って,教育現場での特別支援ニーズに即した形で,ブックシェアの認定が行えるようになっているともいえます。IEPで読みについての配慮が必要であるという合意が出ている場合は,基本的にブックシェアを利用する権利がある(障害認定書と利用申請書を提出すれば,ブックシェアから利用権を認められる可能性がある)と考えて良いといえます。

参考として,上記ページに書かれた,利用認定されるLDのある生徒についてのブックシェアの方針を抜粋しておきます。

標準的な印刷物を読むことが難しい重度な学習障害のある生徒。特異的言語学習障害があることから,IEPにより文書についての配慮が必要とされた生徒を含む。(Students with severe learning disabilities that keep them from being able to effectively read standard print. This includes students with IEPs that call for text accommodation to respond to specific language learning disabilities.)

先日こちらの地域のAT Teamの集会に出たときに,「ブックシェアが全生徒中,1%の生徒が利用する権利のある障害のある生徒である,といったリサーチを公開していたが,うちの地域では4〜5%程度のニーズがある点でこれと食い違っている」と言っていたATスペシャリストがいましたが,ちょっとこれについてはまだソースがわかりません。しかし,彼が言及していた4〜5%という数字からは,日本の文科省の2002年調査で,「LD的な読み書き計算の困難がある児童生徒が通常学級に4%程度いる」という報告を思い出しました。

「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」調査結果
http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004c.htm

「ブックシェアではどのようなファイル形式の書籍データを配布しているの?」

まず,ブックシェアが配布している「アクセシブルな電子書籍」全般の形式としては,テキスト形式のDAISYファイル(つまり,人間が読み上げた録音音声は入っていません)と,BRF(Braille Refreshable Format)という電子的に点字を表現した形式が採用されています。

手順としては,ブックシェアの登録ユーザがブックシェアのウェブサイトにログインし,検索機能を使って必要な書籍や教科書のタイトルを見つけます。見つけたページから,書籍のファイルの形式を選んで,ダウンロードすることができます。

ダウンロードしたファイルは,パスワード付きのZIPで圧縮されています。これを解凍すると,電子書籍ファイルを得ることができます。このパスワードによって,書籍ファイルが違法に流出することを避けています。ブックシェアの登録者には,個別のIDが与えられています。ダウンロードしたファイルを解凍できる個人パスワードが与えられます。ダウンロードしたファイルは,そのダウンロードした本人だけが持っている個人パスワードでのみ,解凍することができます。

実際,ブックシェアでは,ネット上に書籍が流出していないか監視しているそうです(2010年の2月にパロアルトにあるブックシェアのオフィスを訪問したとき,CEOのJim Fruchtermanから聞いた話)。ファイルを見つければ,そのIDから誰が流出させたものかわかるので,そのユーザに対して利用停止などの処置を行っているとのことでした。

「ブックシェア内の『教科書』は利用できる人が限られているの?」

さて,上記はブックシェアで配布している書籍全般の話でした。「教科書」ということになると,もう少し,話は複雑になります。

まず,ブックシェアで配布されている「教科書」についても,ほかの書籍と同じように,DAISYとBRFの形式で入手することができます(便宜上,以降これらの形式の教科書を「教科書ファイル」と呼びます。「デジタル教科書」だと広義の意味があってややこしいので)。ただし,これらの教科書ファイルについては,ほかの書籍とやや違うところがあります。それは,どのような経路で,その教科書ファイルが作られたかによって,利用者の範囲に制限があるのです。

ブックシェアには,米国内の教科書の教科書ファイルを提供しています。しかし,それには大きく分けて2種類の種別があります。

(1) ブックシェアが独自に作成した教科書ファイル
(2) NIMASファイルからブックシェアが作成した教科書ファイル

制限がもうけられているのは,ブックシェアが配布する教科書ファイルのうち,(2)の方です。「NIMAS-sourced textbook」と呼ばれる教科書ファイルです。

米国には,NIMAS標準(National Instructional Materials Accessibility Standard)と呼ばれる,障害のあるK-12の児童生徒のための標準データ形式があります。2004年に改正されたIDEA法(Individuals with Disabilities Education Act)に基づき,2006年7月19日以降に発行された教科書については,発行者はその教科書のデータを,NIMAS形式で,NIMACというリポジトリ(データ管理センター)へ提出する義務があります。このデータは,障害のある子供たちへ,それぞれのニーズに沿った,様々な形式で作られたアクセシブルな教科書を届けるための元データとなっています。

ブックシェアも,2006年7月19日以降の教科書で,NIMACにデータが登録されているものについては,このNIMASファイルセットを活用して,テキスト形式のDAISYとBRFを作成しています。ブックシェアになければ,データ登録のリクエストを行うこともできます。ただし,この出版社からNIMACに提出されたNIMASファイルセットは,出版社が保有する著作権がIDEA法により保護されているので,「米国のK-12の障害のある児童生徒で,IEPをその学区から得ている場合」だけしか,利用する法的な権利がありません。

National Instructional Materials Accessibility Standard
http://aim.cast.org/learn/policy/federal/register-v1_1

このNIMAS標準は,ざっくりいえばだいたいDAISYのような形式のデータ形式です(NIMAS1.1はDAISYのDTBook-2005-3のXMLタグ集合が使われています)。教科書内の「画像,テキスト,目次」がこのNIMAS標準に沿ってデータ化され,そのファイルのセットはNIMACというセンターのリポジトリに保存されることになっています。

What is the National Instructional Materials Accessibility Standard (NIMAS)?
http://aim.cast.org/learn/policy/federal/what_is_nimas

NIMACが果たす役割,ユーザ登録とデータ配布の流れは上記サイトのAIM – NIMAS – NIMAC Workflow(PDF)に示されています。上記の流れでは,州教育機関,地域教育機関と教科書出版社,アクセシブルな教材データを生成する担当者(AMP),NIMASデータへのアクセス権を持つ認定ユーザ,それらを調整するコーディネータなどの役割や,教科書選定,権利制限などがデータの流れとともに示されています。

ブックシェアは上記の認定ユーザかつAMPとして,いくつかの州と連携しています。実際のところ,NIMACに州の教育機関や地域の教育機関が独自に登録して,出版社にNIMACへのファイル送信依頼を行ったり,認定ユーザを決め,AMPも独自に契約して,などなどを教育機関側が行うことはかなり大変です。

従って,そうした面倒な手続きを肩代わり/簡素化し,すぐに教科書ファイルが手に入るブックシェアという仕組みは,教育現場で重宝されています。画像やその説明,肉声音声などが含まれない,テキスト形式DAISYとBRFに限られてしまいますが,それでもブックシェアを使えば「すぐに手に入る」ことが何より現場のニーズに合っているといえます。あとは現場で生徒個別のニーズに合わせてサポートすればよい,ということです。

「2006年以前の古い教科書はデータを入手できないの?」

さて,ではNIMASでデータ提出義務が決められていない,2006年7月以前に販売された教科書については,どうやって教科書ファイルを入手すればよいのでしょうか?この点については,ブックシェアが独自に,出版社とやりとりして電子化を進めています。予算背景のところに書いていますが,米国教育省特殊教育プログラム局の助成から,その作業にかかる経費は支払われています。

「高等教育向けの教科書はデータを入手できないの?」

大学など高等教育の教科書は,IDEA2004とNIMASの対象範囲ではありません。大学での教科書については,また別の枠組みがあります。大学のDSS(障害学生支援サービス)がアクセシブルテキストを作成したり,アクセス・テキスト・ネットワークという出版社のネットワークを通じてデータ提供を依頼したりといったことが行われています。こちらの米国での現状については,また別の記事で。

AccessText Network
http://www.accesstext.org/

「何人くらいの障害のある児童生徒,学生がブックシェアを使っているの?」

Bookshare Celebrates Major Milestone: 100,000 Students: Exceeds target & serves more students
http://www.bookshare.org/_/aboutUs/2010/10/100kStudents

上記によれば,2010年の10月4日,10万人を超えるStudentsがブックシェアに登録していることを報告しました。少なくともプリント障害のニーズを持つ人々がそれだけ登録しているということですね。ただし,実態として,どれくらいの学生がどのような読みの困難を持ち,学校で教科書ファイルと支援技術を利用しているか,その人数はおそらくK-12が中心と思いますが,高等教育の学生はどれくらい含まれているかがこの数字からはわからないので,知りたいところです。

前述した,シアトルとその周辺地区のATスペシャリストが集まる会議に出席したときに聞いた「4〜5%が利用している」という状況や,前々回の記事で示した,シアトル公立学区でのIEPのある生徒率が12〜14%におよぶという状況。そしてそれが一般的であるとして,ブックシェアから「1%」という数字を聞いた,という背景には「利用者10万人でもブックシェアの認知度はまだそれほど高くない」という状況と符合すると思われます。10万人の半数は,2010年になって一気に加入した人数だと上記の記事には書かれています。とすれば,これからさらに急速な勢いで利用者数は増加することが考えられます。

そのように考えると,米国での支援技術とデジタル教科書を組み合わせた方法というのは,「特殊教育」というよりは,「支援技術という特別な手法での大規模なデジタル教育を障害児を対象に行っている」といった意味合いがあるという感想を持ちます。LDを通常教育の児童生徒との境界として,学習困難へのデジタル教育ともとらえることができそうだと感じます。もちろん,法的には「障害」というくっきりとした線引きがあり,その建前は予算措置の適格性を決定するため,大変重視されているのですが,教育現場ではその境界は曖昧な印象があります。障害のある児童生徒,通常学級の生徒,ギフテッドの生徒というように,学習能力に大きな多様性のある生徒たちが同じ学校で統合されて学んでいて,また指導自体が学級・学年でくくられるのではなく,個別の学習の進捗度に合わせてくくられるので,そのような形に落ち着いているということなのかなと感じています。

「障害のある児童生徒へデジタル教科書を届ける予算はどこから出ているの?」

ブックシェアへ登録することができる障害認定のある障害者は,入会金25ドルと,年50ドルの利用料金を支払うことで,ブックシェアに登録された書籍データをダウンロードして,読むことができます。プリント障害のある人は,米国著作権法の例外措置により,ブックシェアを通じてデジタル書籍を入手することができます。ブックシェアはこの例外措置を背景に,出版社からの書籍のデジタルデータを障害者にネット配信する許諾を得て,デジタル書籍(テキストDAISYとBRF)を公開しています。

しかし,米国内の障害のあるK-12の児童生徒および高等教育学生については,予算負担を連邦政府(米国教育省特殊教育プログラム局)が行っています。そのため,米国内の児童生徒および学生は,ブックシェアを無料で使うことができます。

この点について,ブックシェアは,米国教育省特殊教育プログラム局(Office of Special Education Programs,OSEP)から獲得した競争的資金により,児童生徒にアクセシブルな教科書のデジタルファイルを届ける事業を行っています。助成金額は2007年からの5年間で総額3200万ドル(約27億円)です。NIMASは2006年以降の教科書に対して,教科書データの提出義務を出版社に課しているわけですが,それ以前の教科書をNIMAS化して納入する義務は出版社にはありません。そこで,2006年以前のものに関しては,ブックシェアがこれを請け負って制作(テキストDAISYとBRFの作成)しています。また,できるだけたくさんの児童生徒がブックシェアを知り,使えるように,認知を進める活動も行っています。前述の10万人という人数は,そのような活動の成果ともいえます。さらに米国だけではなく,英語を教育に利用する様々な国とも契約を結び,利用者数を増やしています。NIMASに基づき作られた教科書ファイルは利用できませんが,それ以外の,出版社と個別に海外での利用許諾を結んだ書籍については,海外からもアクセスできるようです。

Bookshare Receives Five-Year $32 Million Grant From U.S. Department of Education
http://www.benetech.org/about/press_releases/PR_2007-10-15_OSEP.shtml

「NIMASのような元になるデータがない場合は,どのようにしてデジタル教科書を制作しているの?」

出版社からEPUBやPDF,テキストファイルなどのデータがブックシェアに提供されることもあるのですが,そうしたものが提供されず,印刷された本だけが提供されることもあります。一般の書籍などでは,出版社からは何も提供されず,デジタル化を望むユーザから,印刷された本がブックシェアに送られることもあります。

データがある場合は,それをDAISYやBRFに変換する作業を行います。EPUBやテキストファイル,アクセシブルPDFからだと,テキストDAISYの作成はかなり楽な場合が多いですが,通常の,書籍印刷用の版下PDFからの変換では,大変な場合が多いといわれています。というか,私もやったことがありますが,アクセシブルPDFではなく,版下PDFからだと,テキスト部分がうまく抽出できない場合も多く,そうした場合ではかなり大変です。

この点については,ゼロックスが文科省からの依頼を受けて,「平成21年度教科書デジタルデータ(PDF)の制作状況等の調査」を行っているそうなので,その成果報告がウェブ等に公開されるのを心待ちにしています。その他,障害のある児童生徒のための教科書のデジタル化に関連する予算配分については,ちょっとGoogleで検索してみると以下にPDFを見つけました。

行政事業レビューシート(文部科学省)教科書の改善・充実
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/08/27/1295317_16.pdf

ブックシェアで紙の書籍をデジタル化する場合は,オフィス内にある裁断機で書籍を裁断し,スキャナでページをスキャンしてOCR(光学文字認識処理)を行い,テキストファイルを得ます。続いてそのスキャン画像とテキストファイルをネット経由でアジアやアフリカの国に送り,文字に誤認識が含まれていないかチェックする作業はそちらにアウトソーシングして行います。結果はブックシェアに返送され,最終的にテキストDAISYが作成されます。2010年2月と9月にブックシェアの担当者にたずねたところ,この作業にかかる経費はだいたい1冊あたり10ドルくらいとのこと(ただし,書籍の複雑さによっては,25ドルからもっとずっとかかる場合もあるそうです)。

ということは,文部科学省の検定済み教科書の種類がだいたい千種類くらいなので,1,000冊スキャンするとして,最低1万ドル(=85万円)くらいということですね。ざっくり倍以上かかったとしても,200万円くらいでしょうかか。

このように米国で制作コストがかからないことの背景には,漢字仮名交じりの日本語と違い,英字なのでOCR認識が高精度であることや,アウトソーシング先であるコストの安価なアジアやアフリカに,英語話者が多数いることもあると思われます。あとは,米国の教科書は日本と比べてかなりシンプルなものが多い(挿絵と文章が比較的きっちりと分かれている。日本の教科書は見た目が凝っていて,絵と文字が不可分で入り組んでいるものが多い)とか,そんなことも関連していると思います。

ちなみに先ほどの文科省のPDFを参照すると,教科書発行者25社に対して,PDFファイルを作成するだけに,3,400万円弱が支払われています。ここにはテキストファイルを抽出する作業は含まれていません。PDFファイルは,アクセシブルなものでない限り,出版行程がデジタル化されている場合,実際には出力に労力はかかりませんから,作業工賃というより,データ提供の権利を購入していることになる気がしますね(ただの推測ですが)。

このあたりの,米国と日本で教科書出版社にどのくらいのコストが支払われているかについては,私は今のところ,特に詳しく調べていません。私の理解では,紙の書籍を学区が購入している(代金を支払っている)限り,そのNIMAS形式のデジタルデータは法的に出版社に義務化されているはずなので,データ提出に余分なお金は支払われていなさそう。ですが,それだと出版社側にとっては,データ提供は自社負担が発生するだけの業務になってしまう。一方で,ブックシェアには政府から多額の予算(生徒10万人分の利用料を含む)が支払われているので,どのような予算の流れがあるのか,効率的な方法があるのか気になるところです。具体的には,利用料は出版社とブックシェアとの包括許諾契約に基づいて,出版社側へある程度支払われていると思いますが,それは調べていません。

まずは以上。

追記(2011/01/27):ブックシェア内のNIMASファイルセットにより制作された教科書の適格性について,米国内の障害のあるK-12の児童生徒で「IEPがあること」を追記しました(斜体太字部分)。

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